短期間にインシデントが重なると、報告書を書くたびに自分の適性そのものを疑いたくなりますよね。確認を増やしているのに防げない、という部分に、すでに相当な努力の跡が見えます。最初にお伝えしたいのは、その落ち込み方は「向いていない」証拠ではなく、患者さんの安全を自分の責任として引き受けている証拠だということです。ここでは医療安全の基本的な考え方を手がかりに、いま起きていることを一度整理し直してみます。
悩み続けられること自体が、責任感の表れ
インシデントの後に気持ちが沈むのは、看護師として自然な反応です。本当に危ういのは、ミスを「よくあること」と流して振り返らなくなる状態のほうで、報告のたびに重く受け止めているあなたは、その対極にいます。
ただ、「注意力が足りない」「向いていない」と毎日考え続ける状態は、それ自体があなたの集中力を削っていきます。自分を責める思考は、再発防止にはほとんど寄与しません。まずは視点を「私の注意力」から少しだけ引き離してみましょう。
医療安全は「人はミスをする」という前提から始まる
医療安全の分野では、どれだけ優秀な人でもエラーを起こす、という前提に立ちます。注意力は体調や疲労、業務量によって変動するもので、「もっと気をつける」だけでは同じ状況で同じエラーが繰り返される。だからこそ、個人の注意ではなく仕組みでエラーを止めるという発想が基本に置かれてきました。ダブルチェックや指差し確認のような手順が整備されてきたのも、個人の注意力に頼ることの限界が広く知られているからです。
そのうえで、看護業務の性質を思い出してください。複数の患者さんを同時に受け持ち、点滴の準備中にナースコールが鳴り、電話で指示を受け、また元の作業に戻る。業務の中断が多い環境はエラーが起きやすいことが知られていますし、人員配置が薄い時間帯には一人あたりの負荷が跳ね上がります。あなたのインシデントが起きた場面を思い返して、中断・多重課題・時間帯・人員といった要素を書き出してみると、「私の注意力」だけでは説明のつかない部分が見えてくるはずです。
同期がミスをしていないように見える、という点にも触れておきます。インシデントは受け持ちの重症度や業務の割り当てにも左右されますし、そもそも他人の報告件数は正確には見えません。見えている範囲だけで自分と比べるのは、比較の材料が偏りすぎています。
インシデントレポートは「罰」ではなく「仕組みを直す材料」
レポート制度の本来の目的は、個人を罰することではありません。同じ状況なら誰がやっても起きうるエラーを拾い上げて、仕組みの穴を見つけるための材料です。報告が集まるほど組織は学べる。だから報告した人が不利益を受けない運用が原則とされていて、報告しやすい文化そのものが安全性の一部だと考えられています。
もし報告のたびに叱責され、対策が「本人がもっと注意する」で終わっているなら、それは制度の趣旨から外れた運用です。報告書を書くのが怖い、師長に呼ばれるのが怖いという状態は、あなたの弱さではなく、その運用の側の問題を映している可能性があります。
自分でできる工夫と、その限界
環境要因の話をしたうえで、それでも自分の手元でできることはあります。
ひとつは、中断のあとの戻り方です。作業を中断して戻った直後はエラーが起きやすい場面なので、途中から再開せず、手順の起点まで戻って確認し直す習慣をつける。もうひとつは、ヒヤリとした場面を簡単にメモしておき、時間帯・業務内容・状況の共通項を探すことです。パターンが見えれば手の打ちどころが絞れますし、共通項が「中断が重なった日」「人手の薄い時間帯」なら、それは環境側の要因を示す材料にもなります。
ただし、こうした工夫ですべて防げると請け合うことはできません。個人の工夫は何層もある防護策の一枚であって、最後の一枚に全部を受け止めさせる設計がそもそも危ういのです。工夫を重ねても防げないことがあるという事実は、あなたの努力不足を意味しません。
叱責が中心の職場なら、悪循環のほうを疑う
叱責される、萎縮する、緊張と自己監視で頭がいっぱいになる、その状態がさらにミスを招く。この循環に入ると、本人の資質とは関係なくインシデントが続くことがあります。
見分ける手がかりとして、報告のあとに何が起きているかを思い返してみてください。仕組みをどう変えるかが話し合われているか、それとも個人の反省で終わっているか。後者が常態化している職場なら、環境の問題という見立てが成り立ちます。部署が変われば業務の性質も変わりますし、医療安全への向き合い方は職場によってかなり違います。環境を変えたら落ち着いた、という経過をたどる人は実際にいます。転職すれば必ず解決するとは言えませんが、「どこで働いても同じ」とも限らない、ということです。
辞めるかどうかの結論を急ぐ前に、部署異動の相談という中間の選択肢があることも覚えておいてください。
心身のサインが出ているときは
眠れない、食欲が落ちた、出勤前に涙が出る、ミスの場面が繰り返し頭に浮かぶ。こうしたサインが続いているなら、適性の悩みより先に、心身の回復を優先してください。院内であれば教育担当や医療安全管理者、看護部の相談窓口、産業医。外部なら心療内科や精神科の受診をためらう必要はありません。
疲れ切った頭で出す「辞めるべきか」の結論は、たいてい極端な方に振れます。大きな判断は、少し回復してからで間に合います。
同じ状況にいる方へのチェックリスト
- インシデントが起きた場面の中断・多重課題・時間帯・人員配置を書き出してみたか
- 報告後の職場の対応が「仕組みの見直し」か「個人の叱責」か、思い返してみたか
- ヒヤリとした場面をメモして、状況の共通項を探してみたか
- 中断のあと、手順の起点まで戻って確認し直す習慣を試したか
- 教育担当や医療安全管理者など、信頼できる相手に一度話してみたか
- 睡眠や食欲など、心身のサインを確認したか
- サインが続いているなら、受診や部署異動の相談を検討したか
制度や規定に関する記載は一般的な説明です。詳細は勤務先の規定や専門家にご確認ください。
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