「この内定は、受けるべきでしょうか」。先にお伝えすると、提示額だけを見て答えを出すことはできません。ただ、判断に必要な材料は、相談文の中にすでにそろっています。80万円という差の中身、通勤の片道1時間半、管理者の席が空くかどうか、そしてローン。この4つを順番に整理すれば、受けるか断るかは自分で決められるようになります。この記事では、下がる理由の分け方、平均との比べ方、金額以外に比べる項目、交渉の余地を順に見ていきます。
80万円は、何の差なのか
年収が下がると聞くと、自分の価値が下がったように感じるものです。けれども、今回の差の理由は相談文に書かれています。管理薬剤師から一般薬剤師になること。これが大半だと考えられます。
いまの年収には、管理薬剤師としての手当と、10年の勤続にもとづく昇給が含まれています。転職先では、どちらもいったんゼロから始まります。つまり80万円の差は、あなたの経験への評価が下がったのではなく、役職の席と勤続年数が持ち越せないことによるものです。
これは、提示を受ける側にとって意味のある区別です。評価が低いのであれば交渉は難しくなりますが、席がないだけなら、席が空いたときの条件を先に決めておく余地があります。まず、内定先に次のことを確認してください。一般薬剤師としての提示額の内訳はどうなっているか。管理薬剤師になった場合の手当はいくらか。その席が空く見込みは、具体的にいつごろか。
平均と比べて、自分の位置を確かめる
提示額が妥当かどうかを考えるとき、公的な統計が一つの物差しになります。
厚生労働省の令和7年賃金構造基本統計調査によると、薬剤師の平均は、きまって支給する現金給与額が月39万8,700円、年間賞与その他特別給与額が88万3,500円です。単純に年収へ換算するとおよそ570万円で、回答者の平均年齢は40.1歳、平均勤続年数は8.6年です(出典: 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)。
この数字は、地域も業態も役職も混ざった全体の平均です。そのまま自分に当てはめることはできませんが、提示額がこの水準から大きく外れているかどうかは確かめられます。平均を大きく下回る提示であれば、理由を尋ねる根拠になります。平均の近くか上回っているなら、下がったとはいえ、相場から外れた条件ではありません。
また、同じ厚生労働省の令和6年の統計では、薬局で働く薬剤師の平均年齢は46.8歳です。45歳は、薬局では中心の年齢層にあたります。「40代だから条件が下がる」のではない、という点は押さえておいてください。40代の転職の全体像は40代薬剤師の転職は遅いのかで整理しています。
金額の横に、並べて比べるもの
年収の差だけを見ていると、失うものしか目に入りません。得るものも同じ表に並べてください。
いちばん大きいのは通勤時間です。片道1時間半は、往復で1日3時間になります。月に20日働くとすると、月60時間、年間では700時間を超えます。近くの薬局に移ることで、この時間がほぼ戻ってきます。80万円をこの時間で割ってみると、1時間あたりの金額が出ます。その金額で自分の時間を買い戻すと考えたとき、高いか安いかは、あなたの生活が決めることです。
次に、残業と休日です。いまの職場と内定先で、月の残業時間、休日の日数、有給休暇の取りやすさを比べてください。年収が同じでも、働く時間が違えば、時間あたりの収入は変わります。
そして、管理薬剤師の責任から離れることの意味です。責任が軽くなることを楽だと感じるか、物足りないと感じるかは人によります。10年務めてきた人が一般薬剤師に戻ると、判断を任されない場面に戸惑うこともあります。ここは金額に置き換えられませんが、働き続けられるかどうかに関わります。
交渉できること、確かめておくこと
内定が出たあとでも、条件を尋ねたり相談したりすることはできます。内定先にとっても、入ってから食い違うより、先に話しておくほうがよいはずです。
「管理者の席が空いたら考える」という言葉は、約束ではありません。次のように具体的にしてもらえるか、聞いてみてください。
- 管理薬剤師になった場合の手当の額
- 席が空く見込みの時期。現在の管理者の状況や、新規出店の予定
- 昇給の仕組み。何年でどのくらい上がる実績があるか
- 入社時の提示額に、これまでの管理経験を反映する余地があるか
答えが具体的であれば、その職場は先を見せてくれています。あいまいなままであれば、いまの提示額がこの先も続く前提で、家計が回るかを考える必要があります。
提示された条件は、口頭ではなく書面で受け取ってください。労働条件は、契約を結ぶときに書面などで明示することが使用者に義務づけられています。
受ける・断るを決める順番
最後に、決める順番です。
最初に、家計の下限を確かめます。ローンの返済と生活費を引いて、提示額で無理なく回るかどうか。回らないのであれば、通勤がどれだけ楽になっても、この内定は受けられません。ここは気持ちではなく数字で決まります。
回るのであれば、次に、いまの職場に残る選択肢を確かめます。通勤が理由なら、近い店舗への異動を相談したかどうか。まだであれば、内定を受ける前に一度聞いてみる価値があります。
そのうえで、内定先と条件の確認をします。確認の結果、先の見通しが立つなら受ける、立たないなら断って他を探す。年収を一度下げたら戻せない、ということはありません。 役職に就けば手当は戻りますし、数年後にもう一度動くこともできます。ただ、戻すには見通しが要ります。その見通しを、入る前に確かめておいてください。
同じ状況にいる方へのチェックリスト
- 提示額の内訳(基本給、手当、賞与)を書面で受け取ったか
- 年収の差が、役職・勤続年数・評価のどれによるものかを分けたか
- 公的な統計の平均と比べて、提示額の位置を確かめたか
- 通勤時間、残業、休日の違いを、金額と並べて比べたか
- 管理薬剤師になった場合の手当と、席が空く見込みを具体的に聞いたか
- 提示額のままで、ローンと生活費が回るかを計算したか
- いまの職場で、近い店舗への異動を相談したか
- 条件の確認結果を、メールなど記録に残る形で受け取ったか
制度や規定に関する記載は一般的な説明です。詳細は勤務先や応募先の規定、専門家にご確認ください。
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